こすもすですく

ASKAさんのブログ読んでるうちに成り行きで作った部屋。定期的に書き続ける気は今のところないですw

ASKA「Too many people」を私なりの言葉で語らせてくれ(1)

音楽通や批評家がへっと鼻で嗤うよな、シロート目線(されどファン歴25年)の激賞を

延々とお届けしますよ。

 

2017年2月23日

 

ブックレットをそうっと開いて、しばらく身じろぎもできなくなった。私のヒーローが、あるべき姿でそこにいた。このときをどれほど夢に見たことだろう。

 

思えばもう何年も、趣味を脇に追いやって仕事と育児だけにまい進していた。二人のことは心の中の大切な存在でありつつも、ライブはおろか活動休止後はアルバムや会報さえもろくに追えていなかった。やっと自分の周りが少し落ち着いた頃。あの報道があった。守りたい心の柱が崩されるかもしれないと知ったとき、私の中で再起動のスイッチが押されたのだった。

それからの3年半について、ここでは語るまい。出来事の度に段階を踏んで、覚悟は固まっていったように思う。敬愛する気持ち、元気な姿に会いたいという想いは、何があっても揺らがなかった。

 

こんなに日々心待ちにしたアルバムは初めて、CDを予約したり買ったりすることにこんなにドキドキしたのも初めて。私がそれを聴けたのは、発売日の翌日だった。リビングのど真ん中にラジカセを置いて、一人でじっと聴いた。電車に揺られながらイヤホンで爆音で聴いた。カフェで周りに見せびらかすようにブックレットを広げながら聴いた。そしたら紅茶の小さなシミをつけてしまった。人生で初めて、保存用の2枚目というものを買った。

私の心は発売から少なくともひと月は空を飛んだままだった。夢じゃない。やっと会いたかった人に会えた。私がこの世で一番好きな歌声が蘇った。13曲もの新曲、写真、散文詩と共に。これは3年半信じて待った自分への、盛大なご褒美なのだと勝手に思っている。

 

 

 

01 FUKUOKA

 

 

噛みしめるような入魂のイントロである。澤近さんはこれだけで2時間費やしたという。全身全霊で支えてくれたのが伝わってきて、感謝は尽きない。クリスマスのあの日、この音色と共に待ちわびたシルエットが静かに鮮やかに現れた。柔らかだけど重厚に、剣士の気品と幾多の嵐に耐えた年輪を伴って、彼は在るべき場所へ戻ってきた。その劇的な一歩を先導するようなピアノである。

ふるさとへの感謝を詰め込んだ一曲。けれど私の想いはただ一言「ASKAさんが帰ってきてくれた」これに尽きる。こんなドラマチックな音楽の出会い方があるだろうか。私は彼の音楽にずっと幸せをもらってきたと思っているけれど、この時の幸せはそれまで経験のないものだった。この歌に永遠に刻みこまれ、再生ボタンを押すたびに蘇る幸せだ。  

           

02 Be free

 

デモ音源を完成させるのだから、より良いものになるのは当たり前なのだろうが、それ以上に「生まれ変わった」印象の強い作品。Be freeが本当に“free”になったんだ、と曲を聴いて率直に感じた。デモ音源はまだ部屋の中にいるイメージ。完成版はまるで、広い外の世界に解き放たれ「柔らかな朝陽を」全身に浴びているよう。何より、ボーカルが命の灯火を取り返したかのように伸びやかだ。光の中へ飛び出していくような間奏の盛り上がりの果てに「Be free! Hahahaha!!」と聴こえてきたときは、思わず笑みがこぼれた。彼にとっての本当の夜明けとはいつなのか、私達には分からない。けれど、私達は「生まれたての光」を確かに受け取ったのだ。

この曲は、いつかシンフォニックコンサートで歌ってほしい。生の弦楽器の響きの中で聴いてみたい。

 

03 リハーサル

 

3番目に何を持ってくるかは重要らしい。しみじみとした2曲が続いた後のこの曲できりっと空気が攻めに転じ、一瞬にして撃ち抜かれたリスナーは多いと思う。波動で頭がビリビリするような、これぞASKAというべき声量を堪能できる曲。これでもかと繰り出されるロングトーンを世のあらゆる人に聴かせたい、彼のダイナミズムですべての人を唸らせたい。アルバム全体を聴いて再度歌い直したのだというが、より迫力をこめたものに変えたのだろうか、それとも…。このアルバムはバリエーション豊かな曲が揃っているがそれはボーカルも同じで、この曲のシャウトがよりアルバムにメリハリを与えている。

ライブについて彼は、解放を得る瞬間に向かって道順を作っていく、客の気持ちの一歩先をナビゲートしていくつもり、一斉に弾ける瞬間を逃さず更に引っ張っていく…と語っている。客をリードするための道順を組み立てるリハーサル。この曲で言うなら「百個並んでる道を自由な手探りで、波間にうねる隙間を」縫って、「幸せを育ててみる」、というところだろうか。ライブへの渇望感と情熱が否応なしに伝わってくる。リハーサルでこれほど燃えているのだから本番はいかに…?その日が待ち遠しい。

 

04 東京

 

高らかな鐘の音が希望に満ちている。ここまで突き抜けるような「陽」の楽曲に久しぶりに出会った気がしてしまう。「朝をありがとう」や「僕の来た道」のような曲だってあったのだが、それより明度が更に一段階上がって、聴いているだけでパワーがみなぎるようだ。戻ってきてくれた彼から今こういう音楽が出てくるのが本当に嬉しい。

福岡が風の見える緑豊かな風景なら、東京は高いマストのビルや家が隣合わせで密集した風景。どちらにも深い愛着が窺える。「よっこらしょ」「お家たち」と、彼ならではの言葉遣いは健在。言葉には、使い手の眼差しが透けて見えることがある。詞の向こうに透けているASKAさんの眼差しには、人間や人間の営みに対する親愛の情が溢れている。

ブログでは同じ「東京」というタイトルの散文詩も発表されている。東京は、彼がこれから矢を放ち野生を試そうとしている「夢の降る街」だ。この希望の舞台がずっと続きますようにと、私も祈らずにいられない。

 

05 X1

 

この人の非凡さは曲の入口から表れる。いきなり「西向きの窓のようさ」と始めることでリスナーを惹きつけ想像を促し、種明かしは後から来る。「港に潜んだ潜水艇」等でも見られる技だ。

先行して発表されていたが、アルバムの流れの中で聴くと心地よさが際立つのが分かる。肩の力の抜けたリズム、優しい音、重たくもなく駆り立てるでもなく、傷んだ人に寄り添える音とはこういうものか、と思わされる。

肩を震わせ涙にくれている、何かに躓いた人。側に座って語りかけるように彼の言葉がいたわりを投げかける。言葉はひとつ間違うと圧迫になる。「頑張ろう」ですらも押しつけになりうる。強い言葉は誰かを奮い立たせることもあるが、立ち上がる力を奪うこともある。ただ側にいて「君は頑張ってる」と肯定してくれる…シンプルだが彼にしか言えない言葉だ。

この曲は文字通りの意味にとどまらずあらゆる人に重ねることができる。ASKAさん自身を歌ったのではという意見もある。私は、あくまで自分以外の誰かに語りかける歌だと思っているが、結果的に彼自身にとてもリンクする内容になっている。少なくとも「君」と同じ立ち位置から発せられた言葉だと言えるだろう。今の彼だからこそ言葉に説得力が増した楽曲ではないだろうか。この曲を必要とするたくさんの人々の中には、様々な依存性に苦しむ人々も含まれていると、私は感じている。「700番第二巻/第三巻」の藤岡ダルクの章を読んで、益々そんな印象を強くした。着想のきっかけは違うところからだったようだが、10年経って「笑顔で苦しんでいる」すべての人に優しい眼差しを向ける作品として結実したのだと思う。

 

06 それでいいんだ今は

 

出だしの言葉が光る楽曲揃いな中、この曲も「風色のサイダー」でたちまち心を掴まれる。前へ進むために顔を上げ、自分を失くすまいとする彼の底力が思い切りポジティブに楽曲全体にこめられている。耐える時を歌いつつも、彼はもう決意を完了しているのだ。アレンジもぐんぐんと淀みなく進んでいく感が半端ない。ベースの刻みがエンジン音のようでもある。そして「砂漠を越えて草原を渡り」からの部分はクセになる。うねるドラム、きらめくピアノ、躍動するギター…私の脳裏に小型の飛行機が現れ、アクロバットな軌跡を描いたのち一目散に突き進んでいくようだ。「前へ、前へ」という心の声が聞こえてくる。ASKAさんの作る大サビや間奏はいつだって、私の感情を絶妙に搔き立てながらラストのサビへと運んで行ってくれる。このアルバムで久しぶりにそんな快感に身を委ねている。揺さぶられ溺れていられる幸せ。

そして終わり方が実に潔い。私はここで一時停止を押して一呼吸したくなる。次の曲で空気が一変する前に、もう少し余韻を味わっていたい。私の中でこの曲の終わりはアナログ盤を裏返すタイミングのようなものだ。

 

<続く>